古代イスラエル~4大文明と音楽
古代イスラエル
紀元前1020年頃に建国されたイスラエル王国。紀元前1000年頃に第2代の王となったダビデは、イスラエルの12部族を一つの王国へと導きます。
その力はエジプトや紅海の境界からユーフラテス川まで広がったとされ、エルサレムを王都に定め礎を築いたダビデは、戦いと人を束ねる力と共に音楽や詩を作る才能にも優れていたとされています。
旧約聖書の「詩篇」には、ダビデ王が作ったとされるものがあります。また、ダビデ王は元々は祭司の部族だったレビ人の首長に「みなの者を歌手に、そして楽器についてはハープ、竪琴のライア、2種類のシンバルに指名せよ」と命じて公式な音楽家の団体を組織したとされています。
紀元前970年頃にダビデ王の息子ソロモンが王となり、父ダビデの後を継ぎイスラエル王国に大きな繁栄をもたらします。近隣諸国との外交にも手腕を発揮し壮麗なエルサレム神殿も建設します。
完成の際の神に捧げられたセレモニーでは、美しい亜麻布で正装したレビ人の歌手たちがハープやライア、シンバルを持って祭壇の東側に立ち、トランペットを吹く120人の司祭たちと合奏し歌を歌ったとされ、神殿は楽器の音色と歌に満ち溢れ、主の栄光が神の宮を満たしたと伝えられています。
<かつてエルサレム神殿があった丘に7世紀に建設された岩のドーム>
4大文明と音楽
エジプト文明のエジプトでは、神殿で執り行われる音楽が中心で、音楽理論は歌唱や演奏をまとめる司祭層の秘術として受け継がれ、祝祭的で荘重なものが好まれていたとされます。
メソポタミア文明のメソポタミアでは、紀元前3000年頃には多くの種類の弦楽器が存在していたと言われ、国民的楽器として演奏されていた「リラ」や、弓型、竪型、水平型などの「ハープ」が存在していたとされています。
インダス文明のインドでは、音楽家は僧侶や哲学者、詩人などと共にカースト制度(階級制度)の最上位にあるブラーフマナ(バラモン)の知識階級に属する者といわれ、偉大な音楽家には「賢者(リシ)」や「聖者(ムニ)」などの称号が与えられ人々から崇拝されていたとされています。
また、古代ギリシアと同じように音楽は詩や舞踏、演劇と深く関わり一体のものと考えられていました。
黄河文明の中国では、音楽は皇帝の宮廷音楽を中心に発展していき、紀元前1500年頃に始まった殷(いん)の時代には祭祀の歌舞が執り行われていたとされ、土笛やたて笛、太鼓などの楽器の他、後の簫(しょう)の原形や琴(きん)などの前身の楽器も生まれてきています。
また、音楽の基となる「基音」が王朝の変わるごとに設定され、これは新しい王朝や制度を象徴するものとされ、個々の音は四季や星、方位、色彩等と関係づけられ、厳格に規定された宮廷音楽が行われていたとされています。