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ジュゼッペ・タルティーニ 【Giuseppe Tartini】 (1692-1770)

 

 

ジュゼッペ・タルティーニ(Giuseppe Tartini, 1692年4月8日 - 1770年2月26日)は、イタリアのバロック音楽の作曲家・ヴァイオリニスト。イストリア半島のピラン(現在はスロベニアの領土)出身。

 

タルティーニの両親は彼をフランシスコ会の修道士にしようとしていたらしく、そのために彼は基礎的な音楽の教練を受けており、彼はパドヴァの大学で法律を勉強し、またそこでフェンシングの名手となりました。

 

1710年に父親が没した後、タルティーニはエリザベッタ・プレマゾーレ(Elisabetta Premazore)と結婚しました。彼女はもし彼の父親が生きていたならば、社会的身分の低さと年齢差ゆえに結婚に反対したであろう女性でした。

 

運悪くエリザベッタはコルナーロ家の有力な貴族の寵愛を受けており、その貴族はすぐにタルティーニに誘拐の罪を押しつけ、タルティーニはパドヴァを後にしてアッシジの聖フランシスコ修道会に入り、そのことで訴追から逃れることができました。そしてこの間に彼はヴァイオリンの演奏を始めるのです。

1716年にタルティーニがフランチェスコ・マリア・ヴェラチーニの演奏を聴いたとき、彼はその演奏に強い印象を受け、自分の技能に不満を抱き、そのために彼は逃げるようにアンコーナへ移り住み、練習のために自室に閉じこもったという逸話があります。

 

タルティーニの技能は非凡な成長ぶりを見せ、1721年にはパドヴァのイル・サント礼拝堂付きの指揮者(カペルマイスター)に、彼が希望するならば他の団体で演奏してもよいという契約つきで任命されます。

 

1726年にタルティーニはヴァイオリン教室を始め、ヨーロッパ中の学生達を引きつけ、徐々に彼は和声と音響学の理論に興味を持つようになり、1750年以降生涯に渡って彼は多くの学術論文を発表しました。

 

おそらくタルティーニの最も有名な(同時に悪名高い)作品は《悪魔のトリルDevil’s Trill sonata》であり、このソロ・ヴァイオリンソナタは数多くの高度な技術を要求されるダブルストップのトリルが必要とされ、近代の規範をもってしても難易度の高い曲となっています。

 

ある逸話によればタルティーニは、アッシジに居た頃「自分のベッドの足元で悪魔がヴァイオリンを弾いている」という夢にインスピレーションを得て、このソナタを書いたと言われてきました。

 

今日の研究では作風の考察から1740年代後半以降の作との説が有力であり、また古代ギリシア・ローマ伝説をもとにしたヴァイオリン・ソナタ《捨てられたディド》もあります。

 

  







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