ブランデンブルク協奏曲 第5番 ニ長調 BWV1050 第3楽章【バッハ】~音楽作品 名曲と代表曲
独奏楽器が華やかに躍動するバッハの数少ない管弦楽曲の傑作
バッハは1717年から1723年までの間、ケーテンのレオポルド公に仕え、宮廷楽長として音楽の指導を行いながら作曲活動をしていました。
作曲家としてはこのブランデンブルク協奏曲や平均律クラビーア曲集、ヴァイオリンとチェロそれぞれの無伴奏パルティータと組曲など多くの傑作を書き上げました。
バッハはケーテンの宮廷楽長として一生を終えるつもりでしたが、ケーテン侯の妃となった女性が音楽嫌いであったためにレオポルト侯の音楽熱は冷め、宮廷楽団も縮小されることとなりました。
この状況でバッハは新天地を考えなければならなくなり、そんな折ブランデンブルク公ルードヴィヒに作曲を依頼されたバッハは、既存の作品の中から6曲を選び「種々の楽器を伴う協奏曲集」として献呈しました。
本作品が献呈されたのと同じ頃にバッハが就職活動をしていたことが知られており、1723年にはライプツィヒのトーマスカントルに転出していて、辺境伯に作品を献呈することで、就職を有利にしようとしたのでは…というのが専らの説になっています。
第3楽章はジーグ風の明るく華やかな終楽章で、またこの第5番は全6曲の中で最も有名な楽曲であり、またチェンバロの活躍が目覚ましいところから、チェンバロ協奏曲といった趣きを持っています。