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交響曲第3番 変ホ長調 Op.55 「英雄」 第2楽章

 

 

ベートーヴェン自身が自作交響曲の中で一番出来がいいと評価した「第3番」

 

ベートーヴェンは交響曲を9曲残していますが、ハイドンの100曲を超える交響曲やモーツァルトの40曲を超える交響曲に比べて、9曲というのは余りに少なすぎるという見向きもありますが、形式的にも質的にもこれらの作品は異なる立場にあります。

 

ハイドン等の交響曲の多くはいわば実験作であり、ベートーヴェン的交響曲の概念で測るとなれば、やはり彼等の交響曲も同じくらいの数に減ると推測できます。

 

ハイドンやモーツァルトの努力が実らせた成果、一応の完成を見せていた古典的形態性を踏まえた上で、ベートーヴェンは9曲の交響曲を生み出していきました。

 

9曲の交響曲をベートーヴェンの創作時期から区分すると、第1番と第2番が初期、第3番から第8番までが中期、第9番が後期に属することになりますが、作品の様式から第9番は中期に属するものとなるので、ベートーヴェンの交響曲の大部分は中期に数え入れられることになります。

 

第1番と第2番がなおハイドンとモーツァルト的世界に立脚しているのに対して、ベートーヴェン的交響曲世界が真の確立を見せたのはこの「第3番」以後であると言え、ベートーヴェン自身も「第3番」が自作交響曲の中で一番出来がいいと語っています。

 

元来「交響曲第3番」はナポレオンに捧げるため作曲されたものとして理解されてきましたが、フランス革命その他に対する態度から、ベートーヴェンがナポレオンに関心を寄せていたことは事実であるとしても、この曲でベートーヴェンが問題にした「エロイカ(英雄)」は、ナポレオン一個人に終わらないより広い意味での「英雄」の捉え方があると言えます。

 

ワーグナーはこの「英雄」を次のように語っています。

「この交響曲はベートーヴェンの書いた詩である。“英雄”と呼ばれることで大衆の人にはわかりやすく思われるかも知れないが、それほど単純なものではない。史劇的な英雄物語と思っては間違いである。

 

まず“英雄”ということの意味を文字の通りだけにとってはいけない。ある人だけが英雄と言われるのではない。全人類の中で強く正しいことを行う者はみな英雄である。

 

英雄、つまりその人間には純粋な人間的感情、愛、悲しみ、力などが崇高な姿で表現される。この芸術作品では最もやさしい情緒と、最も激しい力が溶け合って一つの個性をこしらえあげている・・・」

第2楽章は「葬送行進曲」と名付けられていますが、この第2楽章の「英雄の葬送」もこのような英雄像の点から理解されるべきで、ベートーヴェンが心に抱いていた英雄は、単に華々しい戦功を誇るものではなかったことでしょう。

 

「コリオラン」「エグモント」「フィデリオ」などに明らかなように、苦難に打ちひしがれながらも自己が置かれた苦しい状況の中で、なお自分を失うことなく正しい生き方を求めて苦悩する高邁な精神を持つ人間を表現しています。

 

このような英雄像をベートーヴェンはホメロスやギリシア悲劇、プルタルコスの「英雄伝」などから学び取っていたと考えられ、これらの作品に見られる高邁なパトスこそが英雄の本質を成すものであり、そのようなパトスはまた「葬送行進曲」においてその頂点を極めるのです。

 

 

 
  







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