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交響曲第7番 イ長調 Op.92 第4楽章

 

 

バッカスの祭典のように高揚な気分にするリズミカルな一曲

 

「交響曲第7番」は作曲家や指揮者の間で人気があり、この曲については多くの作曲家や音楽理論家たちが言葉を残しています。

 

ピアノ界のスーパースターだったリストは、この曲を「リズムの神化」と言い、ドイツ・ロマン派の巨匠ワーグナーは「舞踏の神化」と言いました。

 

シューマンの妻クララの父であるヴィーク教授は、「ベートーヴェンは酔っ払った時に作曲したのではあるまいか?特に第1楽章と第4楽章は…」と語ったと伝えられています。

 

その他にも「喜びと酒に酔いしれた大勢の人々の仮面舞踏」や「バッカスの祭典」などとも言われていて、バッカス(ディオニソス)とは神のことで、太陽神ゼウスのはみだし者の息子で、酒と舞踏の神として知られ人を官能的に酔わせるのが上手な神です。

 

この多くの残された言葉が表すように、『交響曲第7番』はとても晴れやかでリズミカルな交響曲で、景気のいい曲調が結婚式や祭りの席で酒を飲んで高揚し、皆が踊る姿を連想させます。ちなみに、ベートーヴェン自身は酒を好み、特にワインが好きだったと伝えられています。

 

1812年5月に完成した《交響曲第7番》は、《交響曲第6番「田園」》から4年が経過した、ベートーヴェンにとって久しぶりの交響曲でした。

 

この間にウィーンはナポレオンに攻め込まれ、一度は占領下に陥っており、難聴を患っている耳を砲声から守るために、地下室で枕に耳を埋めていたというエピソードも残っています。

 

戦争騒ぎでベートーヴェンの保護者であった貴族たちが国外に逃げ出し、ベートーヴェンは財政的にも精神的にも苦労を味わう時期となりました。

 

踊りたくなるような気分が高揚するリズミカルな「第7番」は、連合軍がナポレオンに勝利し、折からの愛国的気分が高まっていた聴衆には受け入れられたようで、ベートーヴェンの交響曲の中ではめずらしく初演時から大成功を収めました。

 

公開の初演は1813年12月ウィーン大学の講堂にて、「ハナウ戦争傷病兵のための慈善音楽会」と題して、『ウェリントンの勝利(ビトリアの戦い)』と共に行われ聴衆たちを熱狂させました。

 

第4楽章はリズム要素を活かした楽章で、途中に第3楽章トリオから借用された旋律線が第2主題風に顔を出す他は、一貫して勢いのあるリズムが聴かれます。

 

ベートーヴェンの交響曲の中でも独特の性格を持つ楽章であり、古代のバッカス神の祭典を投影したものであるとも言え、ベートーヴェンが得意とする見事な変奏が展開されていきます。

 

ベートーヴェンの交響曲は古典派の交響曲であると同時に、「第3番」や「第6番」のように典型的な性格的音楽でもあり、「第7番」もそのような古典古代との何らかの関係に立つ作品であると言えるでしょう。

 

ベートーヴェンの耳の病はワインの影響?

 

ベートーヴェンはワインの愛好家だったようで、ベートーヴェンの死後の鑑定で毛髪から通常の100倍近い鉛(なまり)が検出されました。当時のワインには酢酸塩を含んだ甘味料が使用されていて、この過剰摂取による「鉛中毒」が、その後の難聴や持病(腹痛・下痢等)を引き起こしたのではないかと推測されています。

 

耳を患っていた作曲家には他に、交響詩「モルダウ」(連作交響詩「我が祖国」より第2曲)の作曲者として有名な、ベドルジハ・スメタナ(B.Smetana/1824~1884)が知られています。

 

 

 
  







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