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歌劇『ナブッコ(Nabucco)』第3幕より 「行け、我が想いよ、黄金の翼に乗って」

 

 

 

イタリアにおいて国歌並みあるいはそれ以上に有名な旋律

 

ヴェルディは『ナブッコ』の制作前、2人の子供と妻を相次いで亡くし、絶望のあまり作曲の筆を折ろうとまで考えたこともありましたが、見事に書き上げ1842年にミラノ・スカラ座で初演されました。

 

歌劇『ナブッコ』はヴェルディにとって3作目のオペラであり、ヴェルディが26歳の時の作品で、彼が初めて大成功を収めた出世作として知られています。

 

特にその第3幕での合唱「行け、我が想いよ、黄金の翼に乗って」は、第二のイタリア国歌と呼ばれる感動的な合唱曲です。

 

『ナブッコ』のアビガイッレ役を務めたのが、彼にとって良き理解者でもあったソプラノ歌手のジュゼッピーナで、後年ヴェルディの伴侶ともなりました。

 

『ナブッコ』とは新バビロニア王“ネブカドネザル2世”の名前で、物語はナブッコが紀元前597年と586年の2回に渡り、ユダ王国に侵攻したことに端を発します。

 

この侵攻によって敗れたヘブライ人(ユダヤ人)一族は、バビロンへ捕虜として連れ去られ、バビロニアが滅びるまでの70年間は囚われの身となります。

 

第3幕第2場に登場するこの『行け、我が想いよ、黄金の翼に乗って』の合唱曲は、囚われの身となったヘブライ人(ユダヤ人)一族が、愛すべき祖国である故郷を偲びながら、ユーフラテスの河畔で切々と歌う望郷の歌です。

 

ヴェルディの葬儀の時には多くの群衆によって盛大に歌われ、若き日のアルトゥーロ・トスカニーニの指揮のもと行われた埋葬の際には、820人の合唱隊と30万の群衆がこの歌を合唱したといい、第二の国歌あるいはそれ以上に愛され続けている楽曲です。

 

ジュゼッピーナとの出会いから17年を経て正式に結婚したヴェルディは、晩年ともに過ごした妻と共に、「憩いの家」という夫妻が建てた音楽家のための養老院に埋葬されました。

 

 

 
  







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