チプリアン・ポルムベスク 【Ciprian Porumbescu】 (1854-1883)
ルーマニアの作曲家で幼少の頃より楽才を現し、ウィーンに留学しブルックナーとフランツ・クレン(Franz Krenn)に学びます。
しかし、ルーマニア独立運動に参加して投獄され29歳の若さで病により夭折。
「望郷のバラード」は、ポルムベスクが投獄にあって故郷を偲びつつ作曲したと言われる哀愁の名旋律です。
曲はルーマニアの土俗音楽「ドゥイナ」(哀歌)の雰囲気を濃厚に持ち、情感溢れる演奏が要求されます。
ヴァイオリニストの天満敦子さんは、1992年に文化使節としてルーマニアを訪問し、ルーマニアの文化大臣からダヴィッド・オイストラフに並ぶヴァイオリニストとして絶賛されました。
この縁がもとで翌1993年にルーマニア出身の薄幸の作曲家、チプリアン・ポルムベスク (en:Ciprian Porumbescu)の遺作「望郷のバラード」の楽譜を托されることとなりました。
哀愁を帯びた美しい旋律に魅せられて日本初演するとそれが評判となり、1993年発売のアルバム『望郷のバラード』はクラシックとしては異例の5万枚を超える大ヒットとなり、「望郷のバラード」はまさに彼女の代名詞のような存在になっています。