エンリケ・グラナドス 【Enrique Granados y Campiña】 (1867-1916)
エンリケ・グラナドス・イ・カンピニャ (スペイン語Enrique Granados y Campiña, カタルーニャ語:Enric Granados i Campiñaエンリク・グラナドス・イ・カンピニャ, 1867年7月27日 - 1916年3月24日) はスペインの作曲家。
1867年7月27日にスペインのレリダ(Lerida)で誕生し、バルセロナとパリでピアノと作曲を学びます。
1889年にバルセロナに帰郷し、作曲家・ピアニストとして活動を始め、1892年にスペイン舞曲集を数度に分けて出版。
1898年にオペラ「マリア・デル・カルメン」の初演が行われ、1901年にグラナドス・アカデミーが設立されます。
ピアノを教えるこの組織は、フランク・マーシャルに引き継がれ、アリシア・デ・ラローチャらのピアニストを育てました。
1911年に組曲「ゴイェスカス」、1914年にオペラ「ゴイェスカス」、1916年にはニューヨークで『ゴイェスカス』の初演に立ち会います。
帰国の直行便をウィルソン大統領の招きによる演奏会のためキャンセルし、リバプール経由の客船「サセックス」で帰国する途中、英仏海峡でドイツ海軍の潜水艦による魚雷攻撃で船が沈没し行方不明となります。
目撃者によると彼は救命艇に一旦乗ったものの、波間に浮かぶ妻アンパロの姿を見ると即座に飛び込み、そのまま帰らなかったといいます。
詩的で且つロマンティックなピアノ曲がよく知られ、スペイン民俗音楽に根ざした作品が多いですが、それらを近代的な作曲スタイルのうちに昇華させており、ファリャに連なる近代スペイン音楽の開拓者と言えます。