アリストテレスとアリストクセノス
アリストテレスの音楽論は「政治学」の第8巻で展開され、そこではまず音楽の本質が議論されています。
音楽には、「遊戯や休息としてのみ役立つもの」「徳を形成するための重要な教育手段となるもの」「高尚な楽しみや知的教養として貢献するもの」という3つの側面があることを認めています。
教養としての音楽の一面が垣間見られ、芸術としての音楽の萌芽をそこに見出すことができます。アリストテレスの考えでは、音楽を演奏する場合の習得は専門的な教育は否定するものの、ある程度の初歩的な歌唱や楽器の知識を得ることは認めています。
これは作業に加わった経験なくしては正しく物事を判断できないからであると言う事で、ここにはアリストテレスの経験主義の一端がうかがえます。
次にどの種類の音階が相応しいのかとしてエートス論が展開され、ドリス音階がもっとも落ち着きがあり男性的な性格と評し、両極端の中庸となる性格をもっているとして大いに賞賛します。
その一方でフリギュア音階については、非常に興奮させやすく感情的で楽器ではアウロスが該当し、バッカス的熱狂を表現するとしてプラトンとの意見の相違も示しました。
アリストテレスは、このように現実主義に立ちプラトンとの異なる傾向を示し、天体の音楽のような思想は抱かなかったのです。こうした現実に立脚したアリストテレスの姿勢をさらに押し進めたのが、弟子のアリストクセノスです。
アリストクセノスは、本来ピュタゴラス派の教説を学び数の思弁に影響を受けますが、やがてこれを否定し感覚を重視すようになります。
声や楽器が示す感覚的に知覚可能な範囲内に基づいて議論を押し進め、それを越えた抽象的な議論を拒否したといわれ、アリストクセノスが注目したのは旋律とされています。
「ハルモニア基礎論」において、音楽の数比的扱いを重視するピュタゴラス派とは対立する見解を示し、例えば4度を例にした場合、ピュタゴラス派では「4対3=9対8×9対8×256対243」であったのが、アリストクセノスでは全音を基準にし「全音の2と1/2=全音+全音+1/2全音」として示されました。
基準となる全音が確かに全音の大きさであることを証明するのは、まさに感覚(聴覚)の判断とされます。ヘレニズム末期から古代後期にかけては、独創的な音楽思想は見当たらず、ピュタゴラスとプラトンの数的・宇宙論的思想、アリストテレスとアリストクセノスの経験的・感覚的思想とが様々に姿を変えて、その後の西洋音楽史の中に流れていくことになります。