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交響曲第6番 ロ短調 Op.74 「悲愴」 第4楽章【チャイコフスキー】~音楽作品 名曲と代表曲

 

 

チャイコフスキーが音楽を通して語った自画像『悲愴』

 

クラシックで3大交響曲と言えば「運命」「未完成」「新世界より」ですが、『悲愴』は「新世界より」に替わって3大交響曲と呼ばれることもあるほどの傑作です。

 

チャイコフスキー自身も出版商に宛てた手紙に、「傑作を書きました。この作品は私の心からの真実です。今までにないほどの誇りと満足とよろこびを感じています。」と記しています。

 

また甥宛てに書いた手紙では、「私は旅行中に頭の中でこれを作曲しながら幾度となく泣いた」とも記しています。

 

初演では当惑する聴衆もいて反応はいまひとつでしたが、チャイコフスキー自身はこの曲への自信が揺らぐことはありませんでした。

 

しかし初演のわずか9日後(初演から8日目)、チャイコフスキーはコレラ及び肺水腫が原因で急死し、この曲は彼の最後の大作となりました。

 

当初この交響曲は「自殺交響曲」などと呼ばれたり、死因も当時重罪の同性愛が発覚したことによる自殺などの諸説もありました。

 

第4楽章は『悲愴』の名に相応しい悲痛な情緒を讃えた楽章で、交響曲の終楽章としては珍しいものです。主題は表出性の強いもので、性格的交響曲としての『悲愴』を締め括るにふさわしいものです。

 

終結部に入ると金管の合奏が深い響きを聴かせ、中間部の主題が回想されますが、やがてそれも静寂のうちに消えていき、チャイコフスキーの急逝を暗示するかのような謎めいた楽章です。

 

チャイコフスキーは26歳から52歳までの間に12回のうつ病期を経験したといい、『悲愴』作曲時には過去を思い浮かべたのか、それとも当時もうつ病を患っていたのか、うつ的な精神状態を楽曲に反映させているのではないかという説もあります。

 

ただ一つ明らかなのは、チャイコフスキーがこの最期の交響曲の中で、自らの中に隠し持ってきた偽らざる心情を吐露し、“心からの真実”をさらけ出したという事実です。

 

 

 
  




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