歌舞伎音楽
義太夫は、文楽の演奏者とは別のグループが歌舞伎専属で演奏しています。戯曲の内容は文楽と共通ですが、歌舞伎の場合、会話部分は主として役者が受け持ち、会話の途中から情緒が高揚したような場合、客観的な叙述を必要とする場合に、役者の台詞の途中から義太夫の役割となります。歌舞伎は、役者中心の筋の運びとなるため、本来の人形浄瑠璃の義太夫(本行)を簡略化する場合もあります。
歌舞伎
歌舞伎専門の義太夫節の演奏者を、その姓を取って<竹本>と呼びます。竹本の役割は、役者の動きや台詞を活かすことですので、同じ義太夫節であっても本行とはテンポ感、間奏の長さ、三味線の掛け声の頻度などの点で異なった表現様式を多く持ちます。
さらに、黒御簾音楽、効果音、ツケなどのほかの音と総合される点も多いです。どの曲種も3人以上の語り手と三味線との合奏であります。
これらの曲種は、類似したルーツを持ち、その後の継承過程の中で個人の発声性や音楽特性によって、部分が変化してきたものと考えられます。
したがって作品の内容には共通点が多く、三味線も中棹を用い、旋律法にも多くの共通点を持ちます。相違点としては、声の音域と音色の違い、三味線の装飾法や開始法、終止法における音高配列の違いがあります。
常盤津や清元は、道行や所作事の音楽としての用例が多いですが、清元は芝居の中で男女の情感を強調する効果にも使われます。
河東は《助六》の登場音楽として有名であり、宮薗も《烏辺山》など道行の曲として有名です。これらの江戸で育った浄瑠璃が、歌舞伎の中で同時に舞台に登場して掛合い形態で演奏されることもあります。
大薩摩は、かつての浄瑠璃の一派であった大薩摩節が衰退して長唄に吸収された(1868)後、本来の大薩摩節の特徴を長唄の中に取り入れたものであります。
歌舞伎では時代物(江戸時代以前の政治的事件を扱った芝居)の幕開きで使われる例が多く、三味線の豪快な分散和音奏法が特色となっています。
長唄こそ歌舞伎の中で独自に発展した代表的な声の音楽と言えるでしょう。三味線はもっとも細い棹の楽器(細棹)を用い、撥も薄く駒の高さも他の浄瑠璃より低めです。したがって、音色は高音域で鋭さを持っていて、この甲高い鋭さを日本人は派手な音と意識しています。
長唄の役割には、所作事の伴奏としての役割と黒御簾で場面の情景描写を行う役割とがあり、後者には唄が主体となるけいこ唄や在郷唄などの類や三味線や囃子による楽器だけの音楽(合方)があります。
合方は三味線合奏だったり、時には囃子が加わった形の音楽で、立回りの場面や幕開き、また必要に応じてストーリーの中で心理描写や情景描写に取り入れられています。
囃子は、管楽器と打楽器の音楽であり、それぞれの楽器は雅楽や能など、様々な音の現場から持ち寄られたもので、音の出るものにいかに好奇心をもった近世の庶民性を表した例と言えるでしょう。
能の楽器の場合は、能式の舞台(松羽目物)に登場して演奏されることが多いですが、御簾内で任意に楽器を組み合わせて演奏することもあります。
黒御簾音楽は、従来下座音楽と呼ばれることが多かったですが、近年の傾向としては、陰囃子や歌舞伎囃子と呼ばれています。黒御簾音楽の中で最も歌舞伎らしい音は、大太鼓を4種類の桴で打つ音であります。
長くて先の細い桴(長桴)、普通の短めの桴(太桴)、棒の先端を布や裏皮で丸く包み込んだ桴(雪バイ)、竹桴の4種で、雨、風、川、波、雪、雷などの自然現象の音や、心理描写、祭囃子の賑わいなどを表現します。
拍子柝は、開幕前の出演者や舞台関係者への合図、幕の開閉の際に打ちますが、現在狂言方と呼ばれる専門職がこれを受け持っています。
ツケは、動きの効果にアクセントをつけるために打つ音のことで、戦いの場面(立廻り)や動作の決まった時(見得)、筋の進行において重要な役割をする手紙のような物が落ちた時など、舞台上手の舞台端で、小さめの拍子柝の形をした2本の棒(ツケ柝)を板に打ち付けて音を出します。
歌舞伎音楽の楽譜
楽譜の機能は「記憶のための記録」という程度であり、楽譜が優先されることはありませんでした。また、曲種によってその記譜法は異なります。
浄瑠璃や唄の声楽部分の記譜法は、謡曲の記譜法の影響を受けて作られましたが、現在は本来の記譜法の解読が困難になっています。
江戸時代、三味線は日本語の<いろは>文学で記譜されて来ましたが、長唄の場合、20世紀前半に西洋音楽の記譜法の影響を受けた数字譜に変わりました。
一方、義太夫三味線は<いろは記譜法>をそのまま受け継いでいます。常盤津・清元の三味線には特に決まりがなく、人によっては長唄式の数字譜を用いています。
囃子の記譜法は、能の囃子の方法を受け継いでいますが、歌舞伎独自のリズム型を表す記号も生まれてきました。また、歌舞伎の音楽の流れ全体を記す総譜としては、<附帳>と呼ばれるノートがあります。
附帳は半紙を二つ折りにした横長の大きさで、歌舞伎上演の度に、音楽の入るきっかけとなる主な台詞を墨で抜き書きし、その間に囃子や長唄の曲名を書き込んで作られます。
演奏のきっかけを書き込んでいるので、キッカケ帳とも呼ばれます。歌舞伎の音楽には、江戸時代から昭和までの日本にあった楽器の殆どが取り入れられています。
現在でも、連続する新しい試みの中で、シンセサイザーを意欲的に取り入れるグループもあり、常に同時代とのコミュニケーションを密にした音楽作りが歌舞伎の本来の姿でもあります。
これらの様々な声と楽器が選ばれて、舞台進行に合った構成が考えられています。