平均律クラヴィーア曲集第1巻 第24番 ロ短調 BWV869【バッハ】~音楽作品 名曲と代表曲
音楽の旧約聖書と称されるバッハの平均律クラヴィーア曲集
バッハはその生涯に多数のクラヴィーア曲を残していますが、その中には家庭音楽を楽しむために、または家族や弟子たちの教材として用いられたものが少なくありません。
例えば1720年にまとめられた「W・フリーデマン・バッハのためのクラヴィーア小曲集」や、1722年及び1725年にまとめられた「アンナ・マグダレーナのためのクラヴァーア小曲集」などは、妻や子供たちの音楽の基礎教育を目的に編纂されました。
その中のいくつかは、家族でアンサンブルを楽しむことなどに用いられ、また「フリーデマンのためのクラヴィーア小曲集」にも原型が見られ、後の1723年になって一冊の清書譜としてまとめられた「インヴェンションとシンフォニア」も、弟子たちの教材として用いられた事実が判明しています。
さらにバッハの生存中に出版された「クラヴィーア練習曲集」第1巻(六つのパルティータを収録)、同第2巻(イタリア協奏曲、フランス序曲)、同第3巻(オルガンのためのコラール前奏曲、四つのデュエット)、同第4巻(ゴルトベルク変奏曲)などもそのタイトルから考えられるように、教材としての目的が含まれていることが推測できます。
「平均律クラヴィーア曲集」の印刷譜としての初版は、バッハの死後50年も経過した1800年、ボンのジムロック、ヴィーンとライプツィヒのホフマイスター・ウントキューネル、チューリッヒのネーゲリ社から殆ど同時に出版されました。
第2巻の清書譜はライプツィヒ時代の1744年にまとめられましたが、第2巻のすべてがライプツィヒで作曲されたわけではなく、ケーテン時代から書き続けられたものを、ライプツィヒで調を整えながらまとめたものと考えられています。
ちなみに原題は“よく調律された”を意味し、必ずしも平均律とは限らないのです。現に当時バッハが好んで調律していたのはヴェルクマイスター調律法の第三調律法で、この「平均律クラヴィーア曲集」で用いられています。
バッハの時代には、現代で用いられている平均律は使用されていませんでしたので、実は平均律は正しくなく、バッハが愛用した音律はヴェルクマイスターの第三調律法と呼ばれるものです。